乳房疾患の病理、超音波と対比して
筑波大学臨床医学系機能形態回復医学 植野 映
はじめに
乳房超音波診断を行うにあたり、断層像を漫然と読影したのでは多くの情
報を見落としてしまうでしょう。組織と超音波との関係を理解することにより、より正確な診断を下せます。ここでは超音波画像の成り立ちについて組織所見を介して物理学的に解説いたします。
乳腺はどうして輝度が高い?
乳腺の小葉は100〜300ミクロンの大きさであり、この内部は細乳管が
複雑に増生しています。細乳管はミモザや八つ手の花が放射状に開くように多
方向に発育し、球状です。それを柔らかい間質で包んでいます(小葉内間質)。
超音波の速度を1530m/secと仮定すると10MHzの周波の波長λは
λ=1530 x 106μ/10 x106
=150μ
となります。
すなわち、小葉の内部構築は後方散乱をきたすのに最適なサイズです。
思春期前では乳管と小葉外の間質がエストロゲンにより発達します。小葉は
まだ増生していないところから全体的には低いエコーレベルとなります。月経
の発来によりプロゲステロンとエストロゲンが共同して小葉を形成し、エコー
レベルの高い乳腺へと変化します。
この内部で増殖性変化がありますと、徐々に低エコーを示すようになります。
嚢胞の後方エコーはどうして高い?
超音波のエネルギーは、深部へと進むにつれて減衰するはずなのに、嚢胞では後方エコーがさらに強くなっています。これは嚢胞内では、通常の組織に比べて超音波の減衰が少ないためです。Sensitivity
Time Control(STC)にて超音波の画像は一様な明るさになるように調節されています。この嚢胞の後方では過度に輝度の補償が行われるため、明るくなっています。
どのようにして組織が推定されるのでしょう。
組織構築ともっとも関連の深いのが減衰です。
嚢胞内では超音波の減衰が少ないことをさきほど話しました。これは水の中では超音波はよく伝達することになります。同様に水分に富む組織は超音波の
通りがよいということになります。粘液あるいは血液では超音波の減衰が少な
くなります。したがいまして、粘液癌では、後方エコーが増強することになります。髄様癌も癌細胞がぎっしりと詰まっています。癌細胞は一つ一つをみると嚢胞のようなものでしょう。このような組織では超音波の減衰は少なく後方エコーが増強します。
ある癌の後方エコーは減弱するとよくいわれます。これはなぜでしょう。線維組織が多いと超音波は減衰します。これは反射による透過損失よりは熱エネルギーとして吸収されるのが多いといわれています。硬癌は間質に線維が増
生し、その線維は70%以上にもなります。以前は3cmに達する大きな癌が
多く、硬癌が主体であったために後方エコーが減弱していれば癌といわれまし
た。現在では後方エコーは良悪の判定には用いられません。後方エコーは腫瘍
がどのような成分から成り立っているか推定するのに用います。
乳癌学会の組織分類は超音波を読む上で便利
WHOの分類では乳癌の多くは浸潤性乳管癌となります。乳癌学会では浸潤
性乳管癌を硬癌、乳頭腺管癌、充実腺管癌の3型に亜分類しました。確かに、
これらの組織型は混成していることも多く明確に分離することはできません。
しかしながら、この構築の差は超音波を読影する上では大切な所見です。
充実腺管癌は髄様に増殖し、髓様癌とよく似ています。この癌は癌細胞に富
むために超音波の減衰は少なく、後方エコーが増強します。
充実腺管癌でも後方エコーが減衰していた。このような経験を持つ方、反論
する方もいるでしょう。もう一度、顕微鏡で確かめてみましょう。このような
充実線管癌では癌巣が充実性に増殖し、その周囲の間質に多くの線維成分を認
めます。
それでは、後方エコーに変化を見ない腫瘤とはどういうものでしょう。乳腺
組織と超音波の減衰が同等となる組織を想像してみて下さい。
そうです。組織の成分が正常な乳腺に近いものです。乳頭腺管癌がこれにあ
たります。ただし、乳頭状構造が前面にでて細胞成分が多くなると後方エコー
は増強します。乳頭癌では間質成分が少なくなりますので後方エコーは増強し
ます。他方、硬癌に近づくと後方エコーは減弱します。
良性腫瘍の後方エコーは?
良性腫瘍の典型は線維腺腫です。線維腺腫は小葉内から発生し、小葉内間質
と同様に、幼弱な線維腺腫ではムコ多糖類に富み、間質は軟らかく、水っぽく
なっています。この時点では超音波の減衰は少なく、後方エコーは増強します。
線維腺腫は加齢とともに線維化、硝子化変性をきたし、硬くなります。最後
には石灰化をきたし、後方エコーは完全に消失します。石灰化をきたした線維
腺腫では表面で超音波は完全に反射され、後方エコーが消失するわけですが、
これは透過損失による超音波の減衰です。
したがいまして、若年者の女性の線維腺腫は後方エコーが増強しますし、中
高年の線維腺腫には後方エコーが減弱するものが多くみられます。
後方エコーが減弱ないしは欠損しているのをみた場合はどうする?
癌では後方エコーが減弱するのは線維増生の多い硬癌あるいは浸潤性小葉癌
です。これらの癌はdesmoplastic
reactionにより周囲組織を巻き込んできます。いわゆるエクボ症状をきたします。マンモグラフィでは針状突起を示します。針状突起は癌が延びたのではなく、周囲組織を巻き込みそれにそって浸潤しているものです。そうしますと癌の表面は非常に複雑な組織となります。そこには線維成分、癌細胞、脂肪が入り混じり、音響学的に不均質な状態となっています。ここで後方散乱が発生するのです。これがいわゆるハロー、境界部高エコー像です。乳腺では従来より高エコー像をハローと呼称してきました。他の疾患で低エコー域をハローと称していますが混同しないように注意致しましょう。また、ハローは元来、信号としては強いものを指しますので、低エコー域はハローというのはmisnomerでしょう。
一方、線維腺腫ではどうでしょう。この腫瘤の表面は平滑です。この部分に
超音波があたっても前面のみが強いエコーを示すのみです。ハローは生じませ
ん。
癌は浸潤性に進展するため、乳腺の皮膜を容易に破壊します。そのために境
界線が断裂するのも特徴です。
粘液癌、髓様癌、線維腺腫の違いは?(内部エコーの重要性)
この三つの腫瘍は限極性に発育し、後方エコーも増強します。どこに違いが
あるのでしょう。
もっとも異なるのは内部エコーレベルです。腫瘤の内部エコーレベルは周囲
の脂肪組織を基準にして無、極低、低、等、高の5段階に表現されます。髓様
癌は極めて低いエコーレベルを示し、線維腺腫は”低”から”等”になります。
粘液癌は”等”から”高”のエコーレベルを示します。
この内部エコーの強さは後方散乱に依存しています。
内部の組織構造が複雑になるほど後方散乱は大きくなります。髓様癌は癌細
胞がぎっしりと詰まっており、音響学的には均一な組織で極めて低いエコーレ
ベルとなります。一方、粘液癌は線維組織がスポンジ状になっており、その間
に粘液を溜め、その粘液内に癌細胞が浮遊しています。このスポンジ状の構造
が後方散乱を強くきたし、脂肪組織よりも高い内部エコーを醸し出します。
線維腺腫は間質の間に乳管状構造が増生し、これが内部エコーをやや高くし
ていると考えられます。
乳頭腫、乳頭癌で内部エコーはどうして高い?
乳頭状構造はvascular stalkがカリフラワー状になり後方散乱をきたします。
嚢胞内に高い組織が認められれば、乳頭状の増殖性病変があるといってよい
でしょう。
大胸筋筋膜の変化ってなんですか?
大胸筋は浸潤がないかぎり大きく変化することはありません。しかしながら、
癌の直下では引き連れのようにわずかですが前方に筋膜が上昇することがあり
ます。これをとらえて筋膜に引き連れがみられると読んではいけません。硬癌
内での超音波速度は速く、1560~1600m/sと推定されています。腫瘤の内部
で超音波速度が速くなりますとその後方の組織像は前方にシフトします。これ
を鑑別するにはスライディングテストがよいでしょう。
逆にシリコンでは遅くなります。その音速は1100m/secです。胸壁が胸腔
内に突出したようにみえます。
組織との関連性のまとめ
日本超音波医学会では下記のところまでまとまりました。
Table 1: Tissue Characterization and Ultrasonic Diagnosis